大阪市阿倍野区即応寺住職就任のご挨拶

即應寺御門徒の皆様、ご健勝のことと存じます。


このたび、さる2017年12月11日から13日にわたり、即應寺門徒総代の宮澤氏、本持氏両名の随行のもと、東本願寺(本山)の住職修習を修了しまして即應寺第十七世住職に就任いたしました、藤井真隆です。これまで48年間という長きにわたって仏法興隆に尽力してまいりました父・善隆より、住職の任を受け継ぎましたことは、たいへん身の引き締まる思いです。

 

即應寺は、寛永元年(1624)、東区難波別院(南御堂)内に長順坊(翌年に「即応寺」となる)という名前で発足して以来、約300年にわたって南御堂を護るお寺として存立してまいりました。後に御堂筋の拡張にあたって、御堂内に在所をおく寺院は移転を余儀なくされ、昭和6年(1931)12月に現在地である阿倍野区へと移転。戦争の大火による焼失をくぐり、平成元年の本堂・庫裡の再建をもって現在に至ります。今日まで即應寺が相続されて参りましたのも、ひとえに歴代住職をはじめ、御門徒皆様のたゆまなき仏法弘通のご尽力のたまものにほかならず、ただただそのご恩に深く感謝するばかりです。

 


私はまだまだ未熟で力不足でありますが、これからは先人より大切に手渡されてまいりました即應寺の法灯を絶やさぬよう、より一層の聞法精進につとめ、御門徒皆様と共に「御同朋 御同行」の一人として歩んでゆく所存です。宗祖親鸞聖人が明らかにして下さいました本願念仏の教えを導きとして、未来の子どもたちに“生まれた意義”と“生きる感動”を伝えてゆけるよう、明るくて、平らで、賑やかな、御門徒皆様が安心して集まっていただける、そんなお寺づくりを目指してまいりたいと思っています。

 


今、社会を取り巻く宗教事情は大きな困難の中にあり、世間からはお寺そのものの存在の意義も問われ始めている状況下にあります。ちまたで囁かれる「生き残れるか仏教」という言葉には、僧籍に身をおく者として、深い反省と切実なる使命を感じずにはおれません。これだけ苦しみの多い現代社会の中で、果たして仏教は、浄土真宗の寺院はどのように応えてゆくのか。

 


「お寺が人びとの信頼できる場所になっているのか?」
「あそこの住職は何を大事にして、どういう姿勢で仏法に向いているのか?」
「これからの寺は、寺にいる者の姿勢にかかっている」

 

 

これらの先人の言葉をいつも心に刻み、一日一日を正念場として今こそ真宗興隆の任に尽してゆくことを決意しております。どうぞ今後とも皆様のご指導、ご鞭撻を賜りまして、真宗大谷派即應寺の寺門の発展に尽力する覚悟でございますので、何卒よろしくお願い申し上げます。合掌


即應寺第十七世 藤井真隆