今月のおはなし

「慈光」通信を読む(2020年2月号より)

如来の奴隷となれ。

其の他のものの奴隷となること勿れ。

清沢満之「当用日記」

 

 Y教授は、コップ酒をお茶がわりに出して一緒にやりながら話し合うのが好きな御仁(ごじん)だ。その人が、ぷっつり酒をやめたという。聞けば、夜中に歯が痛み出し七転八倒、あくる日、歯医者へ駆けつけたところ、医者からきつく禁酒を言いわたされた。誠実な教育心理学者であるこの教授は、「嗜好品(しこうひん)を断つ程度の自己制御ができないようでは、学生に教える資格がない」とも考え、また歯の激痛を天の声とも受け取った。それに酒をやると、おっくうになり研究も進まず思考力も鈍ることが苦になっていた矢先でもあったそうだ。「素直に身体の方の警戒警報にしたがったまでです」という説明であった。

 

 教授は、その身の〝事実〟の〝語るもの〟に耳をすましたのであろう。「身は本願の中にある。心が妄念(もうねん)妄想している」(安田理深師)という言葉があるが、身の事実にしたがうところに、身心一如の世界が開かれてくる。

 

 「如来の奴隷となれ」とは、我が身の足下で支え続けるいのちの事実を受け止め、真摯にうなずいてゆく真宗念仏者の姿ではないだろうか。

(「同朋選書」より)

 

 

 


【過去1年分の通信録】

「慈光」通信を読む(2020年1月号より)

しかれば、まれにも受けがたきは人身、

あひがたきは仏法なり。

蓮如上人「御文」

 

 ある女性が亡夫の十三回忌をいとなむことにしていたら、若い息子さんが大反対した。

 

 「おやじの法事だといって、坊さんの訳のわからんお経を聞いたり、うしろで親類の人がペチャクチャ世間話をやってるさまはナンセンスだ。おやじさんは、ぼくを特別かわいがってくれたし、ぼくもおやじさんが大好きだったから、その日はお墓で、ひとりでおやじさんと対話した方が、よっぽどおやじさん、よろこぶと思うよ」と言い出して母子喧嘩となった。

 

 形式化した法事への若い人の反発だ。だが墓前の対話だけでは教えの背景がない。お内仏(仏壇)は浄土や仏陀の説法のすがた、読経は説法の復唱である。ともに“教えを聞く”ためにある。問題は、読経の僧がお経を棒読みのままで事たれりとし、その内容を真摯に説き伝えようとしないこと、遺族も大切な法事を迎えながら教えの意味を聞こうともしないことだ。人身受けがたく、仏法はあいがたいものだ。

 

 せめて亡き人の命日を縁として、その人を深く思う心の上に人生の一大事―生死のこと、自己の生きがいの問題、人間成就“この私が私に生まれてきて本当に良かったといえる道”を真剣に聞こうではないか。

(「同朋選書」より)

 

 

 

「慈光」通信を読む(2019年12月号より)

まことにもって、人間は

 出づる息は入るを待たぬならひなり。

蓮如上人「御文」

 

 知人が善光寺さん参りの列車の中で亡くなった。同行者とおしゃべりしていたのだが、突然、胸を押さえるや、そのまま息たえたという。

 

 思えば人間の命というも一息一息にかかっているのであろう。ただ今の一息にこそ“生” は結ばれているというべきか。はいた息の次に吸う息がくるのは、決して、あたり前ではないようだ。

 

 自然(じねん)の不思議な作用によって、この“不連続”であるべき息が、その時うまく連続のかたちをとって続いているわけである。

《もし本質的に連続しているものならば、死はありえないのだ》

だから“生きつつある私”の生は、ささえられ、与えられているものであった。いつもそれを忘れがちな私たちであるが…。

 

 生きていることは「ありがたい」とよくいわれる。この命が、永劫(ようごう)からの無量無数の歴史の重みを包んでいること、またその一息一息は絶対無限の働きの中にゆだねられ、その“おかげ”であるということ、そして大切なことは、そういう命の尊い意味についての、先覚者の教えに遇いえたということ ― が、素晴らしいことなのだ。それは、あたり前でない、あること難いこと「ありがたい」感謝すべきことといわねばならぬのである。   

(「同朋選書」より)

 

 

 

「慈光」通信を読む(2019年11月号より)

もし誰かを幸福にしてやりたいと思うなら、

その人の持ち物をふやさずに、

欲望の量をへらしてやるがよい

セネカ

 

 物質追求や官能の楽しみに目標をおいている現代人にこそこういう言葉は大切ではないか。

 

 今の人は誰でも、昔の人に比べると持ち物も豊富で、いろんな楽しみもあり、結構な時代のようだが、生きる喜びどころか、満たされぬ思いで暮らしている人が多いようである。

 

 私の恩人で多くの人の尊敬をあつめていたM氏に、かつて自慢の硯(すずり)を差し上げようとした。「お心だけでけっこう。わしはこのごろ身軽になるために持ち物を手放すことに一生懸命だ。人生の旅にも荷物は軽いほうがよい」と言って受け取らなかった。そのことは感銘深く忘れられない。その人は九十歳近くまで生き、その徳をしたう集いは、十数年後の今日もつづいている。

 

 「足るを知るは富めり」(老子)「仏道を学ぶ人は衣食をむさぼるな」(道元)という東洋の言葉もある。―人間の主体的な幸福は、かえって物欲の否定、あるいは物質世界を超えたところに見出されてくるものではないか。       

(「同朋選書」より)

 

 

 

「慈光」通信を読む(2019年10月号より)

自分を知ることがふかければ、

ふかいほど人はいきいきとしている。

ハイデッガー

 

 それまで砂場で、遊び道具の奪い合いをしていた幼児たちは「おおい、ゴジラがいるぞう」という声に、一もくさん、その方へ集まっていった。うちの息子がアトリエで怪獣の模型をつくっていたのを見つけたのである。あんなにムキになって奪い合いをしていたものを、未練げもなく捨てさせた怪獣の大した魅力。

 

 われわれ人間にとって、幼児のゴジラにおけるような魅力あるものはなんであろうか。毎日もくぜんの金儲け、名誉、権力、享楽のことに夢中になっている人間に、それらを未練なく捨てさせるようなものはないであろうか。

 

 ある中年婦人の言葉を思い出す。「いぜん私は、レジャーを楽しむこと、着物を買うことがとても好きでした。このごろ聞法がなにより楽しみです。それは自分というものを深く知らされたからです。仏法を聞いて、この自分とはどういうものか、どういう場所に立っているのか。その本当の帰依の場所を教えていただきました。人生の生きがいを見出しました」と。婦人の顔は、明るくいきいきとしていた。      

(「同朋選書」より)

 

 

 

「慈光」通信を読む(2019年9月号より)

今生に、いかにいとおし不便と思うとも、

存知のごとくたすけがたければ、

この慈悲始終なし。

しかれば念仏申すのみぞ、すえとおりたる 大慈悲心にてそうろうべき、と。

―親鸞『歎異抄』第四章

 

 数年前、M婆さんにN医師を紹介した。Mさんは「あんな口の悪いお医者さま、ありゃせんわ。それでも心は本当に、あったかい、見立てのええ先生」と、いつも言っていた。そのことをN先生に話すと、「なに?あのバアさまこそ、いいたいこと言って、オレに向かってくるくせに。診察のたびに、二人は口喧嘩さ」と大笑い。二、三ヶ月前からMさんの腎臓(じんぞう)病が悪化してきたので、医療機器の整った病院に移り通っていたが、昨年の暮れに七三歳で亡くなった。

 

 お通夜の弔問にかけつけたN先生は「病気を治せんで悪かったなあ。すまなんだなあ。ごめんねえ…」と呟き、『正信偈』を読んだという。あとで遺族は「先生のお悔やみには泣けました。病因も先生が見つけてくださったのに、ごめんねえ、なんて…」と涙を浮かべて言った。       

(「同朋選書」より)

 

 

 

「慈光」通信を読む(2019年8月号より)

帰命とは本願招喚の勅命なり。

 ―親鸞『教行信証』

 

 ある人生座談会で、中年の男性が「自分は

健康にすぐれない。自分の亡きあと、家族がどうするかと思うと、苦になり夜も眠れない」と告白した。

 

 二十年ほど前のこと、故・暁烏敏師の講演のあとの座談会で、それと同じような話題が出た。その時の師のことばが思い出された。―「あんたは思い上がったことをいうなあ。自分の力で一家を支えていると思っとる。あんたが死んだってあとの者はいくらでも人間として立派に育ってゆくぞ。如来さまにまかすことじゃ。如来さまが、きっとええようにしてくださる。つまらぬ心配はやめることだ」と。さすがは暁烏師だと思った。

 

 その人ばかりでなく、人間はどうも自分勝手な妄念のために不安をつくり、思い煩うものだ。順境も逆境も共に、わが宿業ではないか。真に宿業を自覚し自力無効と知った時、永遠の生命の前に信順(帰命)せざるをえないのである。そして、そのまま順逆を超えてゆく力を与えられるのだ。

(「同朋選書」より)

 

 

 

「慈光」通信を読む(2019年7月号より)

自身は現にこれ罪悪生死の凡夫、

曠劫よりこのかた

つねに没しつねに流転して、

出離の縁あることなしと信ず

 ―善導『観経疏』

 

 「人間の心って、へんねぇ」

 短大生の娘が「私、この頃、とても不思議な気がするの」という。それは、ある合唱団の練習場にうちの部屋を貸したところ、練習日には何台か車が、敷地一杯に入り込んでくるので、娘は、すごく、うっとうしくてイヤだったそうだ。ところが娘自身がその合唱団に入ったこの頃は、なぜかそれが少しも邪魔に思えなくなったという。「人間の心って、へんねぇ」と考え込んだという。

 

 心(そういう自己中心主義の心)は、誰でも持っているのだ。が、多くの人は、「そんなの当たり前じゃないか」と、疑問もなく一生を過ごしてゆく。なかには「それはなぜか。それでいいのか」と、人間自身を問い続けてゆく人もある。娘には「いいことに気がついたね。親鸞聖人はそういう心を、罪悪(苦しみ)の元だと言われたのだよ。なぜだか、大事に考えていこうね」といったことである。

 

 善導大師、親鸞聖人という浄土教の祖師は自分の内に深く根を張っている“そういう心”―罪悪生死の凡夫のすがたを悲痛し、その悲痛を通して、わが身をあたたかく包み支えている、あの大生命の心を仰いだ人であった。

(「同朋選書」より)

 

 

 

「慈光」通信を読む(2019年6月号より)

末代凡夫の祈ることの、

しるしなきこそ、しるしなりけれ。

 ―夢窓国師『夢中問答集』

 

 はやく病気が治りたい、望むところの就職や入学がうまくいくように、そして何もかもよくなるように…と、御利益(ごりやく)を求める。これ人間の凡情だが、遂げられることもあろうし、遂げられぬこともある。いやこの娑婆は“思う通り”にいかないことだらけだから、“思う通り”にしてあげるという利益の看板に、多くの人はよろめき、その魔力に迷い吸い寄せられてゆくのである。

 

 治らぬ病気なら、どんな名医や、あらたかな神仏がお立ち会いくださっても治らぬのだ。治らぬのは薬のせいでもなく、信心がたらぬのでもなく、治らぬ必然性の中にあるからだ。

 

 祈ることの効力がないことを知ったことが、御利益なんだ(しるしなきこそしるしなきけれ)とは、まさに痛棒。天地宇宙の必然を“よく受けとる”ことをほかにして、救いはない。

(「同朋選書」より)

 

 

 

「慈光」通信を読む(2019年5月号より)

行者のよからんとも、

あしからんとも、

おもはぬを自然とは申すぞ、

とききてさふらふ。

 ―親鸞『末燈鈔』

 

 行き先が近距離のため、タクシーの運転手にイヤミを言われたり、不機嫌な顔をされたりするのは、じつに不愉快なものだ。

 

 ところが、その日の運転手には、全く頭が下がり、救われたような気がした。「近くて悪いねえ」といったら「ようござんすよ」と、気軽にこたえて、言葉をつづけた。

 

 「ねえ、お客さん。遠いお客さん拾ったとて、しめた、といい気になって飛ばし、スピード違反で捕まったり、事故でもおこしてごらんなさい。元も子もありませんよねえ。近いお客さんを拾ったとて帰りに遠いお客さんを拾うこと、よくありますよ。わたしゃ、お客さんは、みんなその時その時の、ご縁だと思っとります。遠い近いはいいっこなしにすると、気持ちもラクですよ、けっこう食べていってますよ」と。

 

 損だ得だ、善い悪いという、浅い自我をこえて、明るく仕事をしているこの中年の運転手の「お客さんは、みんなその時のご縁だ」とは、心にくいではないか。

(「同朋選書」より)

 

 

 

「慈光」通信を読む(2019年4月号より)

一切の有情は、みなもって

世々生々の父母兄弟なり 

 ―『歎異抄』

 

 私達人間は、つねに自分と他人とを分けへだてて、

自我中心に生きている。そこから我他彼此(ガタピシ)というきしみ、争い、対立が生まれる。いちどその自我中心の暗室を破ってみる必要はないか。蛹(さなぎ)が、窮屈な住み家を破って広大な別天地にふれたとき、もし心あらば、どんなにか驚き、生き生きとしたことであろう。

 

 わが父母は、この世での無二の父母にちがいない。だが、もっと奥の世界ではこの世の父母ばかりが父母ではない。私なる存在は、久遠の過去からの無量無数の“いのち”が流れつづまって私となったのであり、一切の無量無数の“いのち”がいわば私の祖先である。

 

 あらゆる生きものは、思えば私達が、遠い過去から、世々生々して生きてきた、そのいずれの時の、父母であり兄弟でありとするこの内観のことば―この広大無辺にして一味にとけあう世界(浄土)のことばを、今一度、私達はしずかに味わってみようではないか。

(「同朋選書」より)

 

 

 

「慈光」通信を読む(2019年3月号より)

仏はこれ恩を知りて、

よく恩に報ゆる者なり 

 ―『般若経』

 

 ある日、喫茶店で五十ぐらいの紳士が、ひどくこぼしていた。

 

 「うちの息子が高校生になって、生意気で困った。“親なんて頼みもしないのに、俺を生んで、二言目には恩にきせて怒る。まったく勝手なものだ”というのです」と。

 

 この現代っ子の放言は、浅はかな物質主義、自我主義からの発想であるが、恩にきせる親の方も、じつは高校生と同じ発想から出ているのである。ともに宗教的内観がない。

 

 “私”の存在には親があり、その親にはまた親があり……かくして果てしなく遠く広く生命の歴史(縁起)はつづいており、大地の大いなる深い願いがかけられて、今日の私ははぐくまれてきたのである。無量寿・無量光のなかの私であった。

 

 この命の根源をおもい、この事実の前に謙虚にひざまずく時、御恩のなか、“おかげさま”のなかに生かされてきた自己を思いださないであろうか。

 親自身が恩を知る時、子もまた恩に報いることを知るであろう。

(「同朋選書」より)