今月のおはなし

「慈光」通信を読む(2018年4月号より)

【門徒ことばシリーズ③】

~真宗門徒が語り継いできた言葉~


『仏壇の前でもう一度同じことが言えるか』

 

  「仏壇の前でもう一度同じことが言えるか」という言葉がある。息子が了見違いを起こして親に言うまじきことを口走った場合などに、この言葉が登場する。

 


 この言葉についてこの間、門徒のお嫁さんからこんな話を聞いた。

 

 専業農家のその家は、事あるごとに仕事のやり方について親子が衝突する。息子はこれからの農業を、親は今までの農業を主張するのだ。ある日、ついに両親と息子夫婦の間に、深夜に及ぶ大激論が勃発した。戦いに疲れて涙も声も涸(か)れ果てた長い沈黙の後に、「明日も早いで」と四人がふらっと立ち上がると、今まで黙って論争を聞いていた母親が「寝る前に、みんなお内仏(仏壇)参ってこ」と一言。


 「それで、みんな仏間へ行ってお参りして。朝起きるとみんな、元気にオハヨウと、昨夜なんにもなかったみたいに、てんでてんでに仕事場へ行ったんです。あれ、不思議でした。お内仏に参るとは、ああいうことやったんやね」と、お嫁さんはわたしに語ってくれた。


 それぞれの四人がそれぞれに、「真向かい」になった深夜の仏前ではなかったのかと、私は話をいただいた。

(高山教区西念寺住職・三島清円)

 

 

 

 


過去1年分の通信録

「慈光」通信を読む(2018年4月号より)

 【門徒ことばシリーズ②】

~真宗門徒が語り継いできた言葉~


『あたわり』

 

 「あたわり」とは、すべて最初から与えられている、
またはそなわっているという意味だ。語源は、おそらく
「与わる」か「賜わる」だろう。用例としては、「すべてあたわりものや」とか「ちゃんと最初からあたわっておるではないか」という具合に使用されていた。


 「与えられたもの」という概念について、十三~十四世紀のドイツの神秘主義者マイスター・エックハルトは、「あなた自身もあなたの所有物もすべて神から与えられたものだというのに、あなたは今さら何を神に捧げようとしているのか」という趣旨のことを述べている。


 「あたわり」もそうである。「ああなったらいいのに、こうなったらいいのに、あれが欲しい、これが欲しい」と煩悶する以前に「わが身はお返しできないほどすでに与えられてここに在るではないか」と、そういううなずきが「あたわり」なのだ。


 しかし、だ。このような言葉に触れるにつけ、わたしはこの物質文明の欲望の電車が何と遠くにきてしまったのだろうと、嘆息しないではいられない。


 イギリスの経済学者シュマッハーは、「Small is Beautiful」(斉藤志郎訳『人間復興の経済』)の中で、「あまりにも少ない冨しか持たない貧しい社会は存在するが、『止まれ、もう十分だ』という富める社会はどこにあるだろうか」と、問いかけている。

(高山教区西念寺住職・三島清円)

 

 

 

「慈光」通信を読む(2018年3月号より)

【門徒ことばシリーズ①】

~真宗門徒が語り継いできた言葉~


『お陰さま』

 

 真宗門徒が使用する言葉の中で、最も発せられる頻度が高いのが、「お陰さま」ではないだろうか。


 辞書によるとこの言葉は、室町時代には神仏の加護を指したものであったが、江戸時代になって、「○○のお陰でこんな目に遭った」とか「○○のお陰で出世した」というように、神仏のみならず事件の原因となった人や物までを含めるようになったようだ。現代人も、これとほぼ同じ感覚でこの言葉を使用している。


 しかし、真宗門徒が口にする「お陰さま」の中には、「○○のお陰でこうなった」といった、「お陰」の原因や対象を限定するような表現は極めて少ない。たとえば、門徒に「好い天気ですね」と挨拶すれば「お陰さまで」と答え、歳を聞けば「お陰さまで八十になりました」と答える。その時、「“お陰”の原因は天気ですか?」「長寿の原因は健康法ですか?」と相手に問いただせばきっと怪訝な顔をされるだろう。門徒にとって、天気が先か「お陰」が先かとなれば、どうやら「お陰」が先で、天気は「お陰」を感じる機縁に過ぎないような気がする。そのような人の前で、「○○のお陰でこうなった」というように「お陰」の原因をあげつらう人は、かえって「お陰」を知らざる者として疎まれるのではないだろうか。


 「お陰」の原因や対象を限定すれば、かえって「お陰」が含蓄する広い世界を毀損することになるのである。「お陰」の「かげ」は「陰」と書くが、その「陰」に光が当たれば、自分の勝手な限定や思いを超えて、気づきもしなかった様々な関係性の世界がそこに広がっていることが見えてくる。そのような中にこそ、
 「生かされて生きている」(中村久子)
 「今日モアリ オオケナクモ(かたじけなくも)」(柳宗悦)
という広い天地がある。

 

 そのため、世間で言われる「お陰」には僥倖(ぎようこう)や怨嗟(えんさ)が含まれていても、門徒の「お陰さま」にはそれがない。あるのは微かな痛みだけだ。それは、照らされつつ視界を広げる「陰」の中に、近くは事業に失敗して家族離散を余儀なくされた隣人や、遠くは津波で苦しむ東北の人たちが無意識のうちに憶念されてくるからであろう。そういう多くの「お陰」や犠牲の上に成り立っている「今日の“お陰”」を、自分の思いだけでは果たして限定することができるだろうか。

 

 その無限定の「お陰」を、「お陰さま」と真宗門徒はいただいてきた。

(高山教区西念寺住職・三島清円)

 

 

 

「慈光」通信を読む(2018年2月号より)

生命の願い…


『人間とは、生まれたことの意味を、そして死んで行くことの意味を、私の一生において明らかにしていくものである。私が生きるということは、この生死の意味を、一生を通して確かめる歩みなのである。そこにこそ、本当の積極的な人生というものがある』

 

 「私は人間をさがしている」といった古人の言葉は、人間が人間であることをやめない限り、私自身の心の奥深くから、ささやきかけてくる言葉のように思われます。その言葉は、「私は私をさがしている」と言い換えても、間違いではないと思います。考えてみますと、人間が生まれて、生きていくということは、本当に不思議なことであります。どんな人でも自分の生のもとを、そして、死の帰するところを知っている人はありません。それどころか、いまの自分自身すら、知っていると言い切れる人はありますまい。ただ知っているつもりで生きているのであり、わかっているつもりで事に処していくのであります。


 しかし、その全体が、何か不安であり、暗い影を払い去ることができません。「あんまり幸せすぎて恐ろしいくらいだ」という人がいますが、どんなにいまが幸せであっても、その幸せのなかにまで、不安の影が差し込んでいるのですから、まして、思いがけない不幸にでもあうと、人生は闇に閉ざされてしまいます。運命という言葉を、運ばれるいのちと読んだ人がありますが、本当に、人間の一生というものは、自分の意志を超えて、運ばれていくものだといわねばならないようです。まずしい私個人の過去をふり返ってみましても、自分の予期しない出来事のなかを、不思議に生きてきたという実感が、ひたひたと迫ってまいります。

 

 そんな時、私はいつも思うのです。こうした人生をただ運命の絆に委ねているだけならば、生きるということにどんな意味があるのだろうかと。たしかに、生も死も、そして、そして現前の事実すらも、私の意志によって左右できるものではありません。しかしながら、その人生を背負って生きるものは、外ならぬ私自身なのであります。だとすると、私は与えられた現実の意味を問わずにはおれません。人間が生きていくということは、自分自身の誕生の意義を、問い続けていくということだといえましょう。それは、この限りある現実のうちに、永遠の意義を見出し、ただ一回限りの人生において、生きることの尊さを知ろうとする、ひたすらな人間の願いだといってもよいでしょう。

(大谷大学名誉教授・広瀬 杲)

 

 

 

「慈光」通信を読む(2018年1月号より)

もとの阿弥陀のいのちに帰せよ


 平成19年、高山別院で開催された講演で「夜回り先生」こと水谷修氏は次のように語りました。


 「誰も信頼できず、誰にも相談できなかったら、仏さまの前に坐ってください」と。


 親を捨てたのか、捨てられたのか、帰る所なく夜の街を徘徊し、非行にはしり、自暴自棄となって自死まで考え、自分の体にむやみに傷をつける子どもたちに接しながら、それでも接しきれない限界を強く感じている水谷氏の、「仏さまの前に坐ってください」の言葉は、どんな状態になっても自己を取りもどす所、帰る所があるんだということを訴えています。


 “帰る所”を教えるのが家庭であります。子どもが間違えずに帰るのは、ここが自分の家であることを子どものうちから、知らず覚らずに習っているからなのです。そのように、いのちのルーツを子どもの時から「お内仏」に学ぶことを教えなければならないと思います。根なし草のような人間を育ててはならないと思います。自分にはちゃんと「臍の緒」があるのだということを“忘れないでネ”と言っておく必要があります。そして迷わず〈いのち〉の原点に立ち帰られるように「お内仏」を中心とした真宗門徒の生活文化を家庭に築いていく心がけが大切です。


 「我、今、帰る所なく孤独にして無同伴なり」(往生要集)。帰るところなく独りボッチのところを“地獄”と教えてあります。旅行が旅行になるのは帰る家があるからです。帰る家がなければ、それは旅行にならず、ただ流浪、徘徊、さすらっているだけとなります。帰れる家があるからこそ旅となる。それば、人生が人生になるには、帰るところ弥陀の浄土があってこそ人生となる。でないと流転しているだけで人生にはならない。お内仏は、家族がバラバラにならず共に必ず出遇い「帰れること」の確認の場なのです。


 新年にあたり、先ずは「お仏飯と仏華」をそなえよう。それは「いのちとその喜び」の原形なのです。我が家には「いのちの讃嘆」の場があることを示し続ける。そして家族の誰もがお仏飯とお花を、お内仏におかざりした体験をさせることが「帰る所」“もとの阿弥陀のいのちに帰る”(安心決定鈔)ことを自然に身につけさせる真宗教育であります。

(高山教区真蓮寺住職・三島多聞) ※「南御堂新聞」より抜粋

 

 

 

「慈光」通信を読む(2017年12月号より)

共に助け合って生きる…

 

 お釈迦様が、縁起法に目覚められた時、「諸の衆生において、視(みそな)わすこと自己のごとし」(『大無量寿経』)というように、すべてのものをあたかも自分を見るかのように見ておられたといわれています。また、お釈迦様の言葉が集められた『スッタニ・パータ』という経典の中に、「真理は一つであって、第二のものは存在しない。その真理を知った人は、争うことがない」という言葉があります。真理を知った人は、いかなるものとも争うことのないほんとうの生き方をしていかれたということです。

 

   さらには、「あたかも、母が己が独り子を身命を賭しても護るように、そのように一切の生きとし生けるものどもに対しても、無量の慈しみのこころを起(おこ)すべし」とありますように、あらゆるものをわが子のように慈しまれながら、真理に目覚めることを願い、教えを説いてゆかれたということです。


 そして、この縁起法というものを、わかりやすく、身近な言葉で明らかにして下さったものに、小説家の司馬遼太郎さんが、小学校六年生の子どもたちに向けて書いた次の文章があります。


      人間は、

      助け合って生きているのである。

      私は、人という文字を見るとき、

      しばしば感動する。

      ななめの画がたがいに支え合って、

      構成されているのである。

      そのことでも分かるように、

      人間は、社会をつくって生きている。

      社会とは、

      支え合う仕組みということである。

      原始時代の社会は小さかった。

      家族を中心とした社会だった。

      それが次第に大きな社会になり、

      今は、

      国家と世界という社会をつくり、

      たがいに助け合いながら

      生きているのである。

      自然物としての人間は、

      決して孤立して生きられるようには

      つくられていない。 

      このため、助け合う、ということが、

      人間にとって、

      大きな道徳になっている。

      〔『二十一世紀に生きる君たちへ』〕


 ここで司馬さんがいわれるように、人間とは、もともとはじめから支え合って、助け合って生きているものだということが、お釈迦様が縁起法という言葉で明かにされた具体的な内容だと思います。

   このことを信國先生も次のようにいっておられます。


 人間は、それぞれ個人であるが、単なる個人として一人で生きることができるものではなく、「人と人との間」というものをもつことで、初めて人間として生きることのできる存在である。〔『信國淳選集』第六巻・自と他〕

 

 このように私たちは、もともとはじめから共に助け合って生きているのです。だから、共に助け合って生きることができた時、はじめて私たちは安心して、安定的に生きることができるのです。そして、実はこのことが、「浄土」という言葉で教えられていることなのです。

(元帯広大谷短期大学長・中川皓三郎)

 

 

 

「慈光」通信を読む(2017年11月号より)

「学校教育」と「家庭教育」…

 

 考えてみると、私は、家庭教育というものは言うて聞かせたり見せたりするものでないということに気がついたのでございます。


 学校教育は教壇がございまして、生徒の前で先生がいろいろ言うて聞かせるわけでございます。私も、私の母校の大学の授業を、週に一回だけ持っておりますので、学生の前でいろいろなことを、言うて聞かせるわけでございます。これを講義といいますが、そうしますと、それを聞いた学生が、一生懸命にノートをとるわけでございます。いわゆる学校教育は言うて聞かす教育でございます。あるいはまた、先生が模範を示すということがございますね。体操などは、みなそうです。して見せるのです。そうしますと、生徒がそれを見習うわけでございます。


 ところが、家庭教育というものは教壇がございません。だから、して見せる教育ではないと思うのでございます。そこに、また、大事なむつかしい意味もあるだろうと思います。(中略)


 ある時、私は自分の檀家へお参りしました。まだ、暑い時でございましたが、表から子供が、ダーッと走って入ってきまして、そしてこの、食卓の上にのっておりましたヤカンをでございます、番茶のさめたのが入っていたらしいんですが、それをガッとわしづかみにいたしまして、やにわにパッと、こうやったんでございます。


 ヤカンの口から飲んだわけです。そうしましたら、そこの奥さんが非常に恥ずかしがりまして、「これ、ご院さんの前で行儀が悪い。なんてことをお前はするの」と、言って怒りました。で、私はその時に、「ちょっと待った。ここの家で、誰かこうする人がおるはずだ」と言いましたら、お父ちゃんがやっぱり、やるのですね。お父ちゃんがこういうことでは困りますね。立派な教育でございます。家庭教育というのは、そういうものでございます。


 そこでたとえば、親鸞聖人の教えをいただいてみますと、「人を助けたかったら、まず、わが身が助かることだ」と、はっきり言うておられます。『歎異抄』の第四章に、まあ私は多少やさしく言い変えておりますので、この通りの言葉ではございませんけれども、聖人の仰る意味をいただいてみますと、「人を助けたいと思うたら、まず、わが身が助かることである」。こう、おっしゃいます。


 そういう点から、今のこの家庭教育を考えてみますと、子供を教育したかったら、まず親の私が正しい教えを受けることである。こういうことになります。そうすれば、それが自ずから言葉となって出ますし、また、行動となって現れるのでございます。それが、自ずから自然に子供を育てていく。教えることになるわけでございます。


 教えようと思って教えられるものではございません。教えようと思って教えるのは、これは学校教育でありまして、家庭教育はそんな心では、子供は教えられぬのでございます。親が正しく生きていく―間違った考えを持たずに、正しく生きていきますことが、それが自ずから子供を教育する。そういうことだと、最近、私は気がついたわけでございます。

(元教学研究所所長・仲野良俊)

 

 

 

「慈光」通信を読む(2017年10月号より)

願わくば諸々の衆生と共に…

 

 私らの喜んでおるのは、考えてみると、自分だけの喜びです。自分の周囲に苦しんでおる人、悲しんでおる人、一杯いらっしゃいますけども、それに目を塞いで自分だけが喜んでおる。もっと大きく言いますと、日本の国は結構やと言いますけど、日本の経済繁栄のあふりを受けて、フィリピンの人やタイの人、マレーシアやらアジアの人々が、前よりも悲惨な生活に落ち込んでいらっしゃる、そういう例が沢山あります。ところが、我々はそういうことに皆目を塞いで「結構や、結構や」というて日本の国のことだけを喜んどる、そういう喜びは本当の喜びにはならない。


 西ドイツの偉い人が「日本は今のような調子でいくと、世界中にお友達になてくれる国が一つもなくなってしまうだろう」と言ってらっしゃいます。また、シンガポールの若い新聞記者で、日本に来られて十四年になられるル・パイチョンという方も「日本へ来て十四年になって、戦後の経済繁栄をになった日本の人々を見るけれども、今のような調子でいったら恐らく日本は世界中にだあれもお友達がいなくなる。自分だけが喜んでおるというそういうことになるんじゃないか。そのことが心配だ」と、おんなじことを言うとられます。


 そういう中で、私どもが親鸞聖人の教えにたまたまご縁があった、その親鸞聖人の教えというものは何かというと、真実の経は『大無量寿経』だと。その『大無量寿経』に如来さまの御本願が説かれております。その御本願というのは、『十方衆生欲生我国』です。「十方の衆生よ、一人残らず、皆我が国に共に生まれんと願うてくれ、願わしめずにはおかん」と。この「十方衆生」というのは具体的に言いますと、韓国の人、中国の人、フィリピンの人、その人々と共に一人も洩れなく、共に一つの世界を生きると言うことがないかぎり日本も救われない。そうですねえ。奥さんが悲しい思いをもっておられるのに、旦那さんだけが晩酌やってテレビ見て、結構や、ナンマンダブツ、言うとってもそりゃ本当の喜びになりません。そうでしょう、自分だけの喜びが大事なのでなくて、むしろ悲しみを共にするということの方がはるかに大事なのです。


 アジアの人々の悲しみを我々日本民族が同じ悲しみとして感ずる、そこに一つの世界がある。私どもはどうもそういうことを忘れてきたのではないか。十方衆生、生きとし生くるものが『願わくば諸々の衆生と共に』というところに、我も人も本当に充足し、満足する世界があるのではないか。そのことを、念仏一つとして、聞き開かれたのが親鸞聖人でございましょう。

(浄泉寺前住職・和田 稠)

 

 

 

「慈光」通信を読む(2017年9月号より)

信  心 ~ 人生の真実の方向を見出す ~

 

 本当の願い、それは念仏において「願往生心(がんおうじようしん)」と教えられています。浄土へ往生しようとする願い、つまり天親菩薩のお言葉に従うならば「願生安楽国」ということであります。これは別に死にたいと思う心ではありません。人生を尽くし、苦悩の人生の中から、一足一足真実の世界に近づこうとする願いであります。真実を見出し、自分自身が真実になる道、信心は人間にこのような方向を与えるのです。


 人間が人間にとどまる限り方向はありません。都合の良いほうがいつでも方向でありましょう。昨日は隣の人と都合が良いから仲良くしていた。今日は喧嘩してしまった。都合が悪くなると今度は向かいの人と仲良くする。向かいが方向になります。明日はまた変わるかもしれません。このようにいつでも方向が変わるのであります。変わるのは本当の方向でない証拠でもありましょう。都合が良いならどこへでも行く。東も西も南も北もどこへでも行く、これならみんな方向であって、それは方向のないことになってしまいます。つまり、うろうろしている、右往左往という有様、こういうのを迷いというのであります。


 道に迷って方向を失った時には、どんな平坦な道でも足が前へ出ません。「ここを行ってはたして行けるだろうか」こんなことを考えたらもう足がすくんでしまいます。しかし、どんな険しい道であっても、ここを歩いてゆけば必ず到達できることが分かっていれば、道が険しければ険しいほど、勇気が出てくるものではないでしょうか。生活がどんな楽でも豊かでも、どんなに坦々とした道であっても、方向が与えられぬ時には、生き甲斐を感ずるはずはありません。生暖かな中で生あくびをかみ殺したような生活よりほかありません。しかし、人生の方向が一度決まった時には、それがどんなに厳しい苦しい生活であろうとも、生き甲斐を感じ、喜びを感じて力強く歩いていけるものであります。(中略)


 信心によって本当の世界と立つべき場所を見出し、本当に拝むべきもの、尊ぶべきものが明らかになり、どんな境遇であろうと状態であろうと、見失うことのない自分を発見し、人生の本当の方向が与えられ、ともすれば崩れんとする人間を本当に奮い立たせておおしく苦難の人生を歩ませるのであります。信心こそ正しく本当の人間を生む母体であるといえましょう。

(元教学研究所長・仲野良俊)

 

 

 

「慈光」通信を読む(2017年8月号より)

他をとがめんとする心をとがめよ

 ― 清沢満之 ―

 

 仏の教えに「一水四見」の譬えがある。一つの水が、その生き方、その境遇によって、四通りに見られる譬えである。水は私たちに人間にとっては、まさしく水である。が、天人は瑠璃をもってかざられた大地と見、餓鬼はこの水でもって咽喉を焼く火と見、魚は住家とみる。


 これは一つの水を見るにも、その人の生き方、境遇によって違って見られることをいう。人に対しても、物に対しても、現象に対しても、境遇によって見方が変わってくる。従って、自分がこう見えたから、みんながそう思わねばならぬと強制することはいらない。なんでもない、これだけの道理がわからず、現実は自分の考えに固執し、主張して平和を乱している。


 他をとがめず心をとがめよといわれる。他とは、私たちが考えたもの一切をいう。その他は自分の考えた如くあるものでない。私たちのそれぞれの立場、境遇で考えた解釈が入っている。解釈された世界であり、人であり、物である。したがって、それに執われる必要はない。問わねばならぬ一点は、そのように現実をかたちづくる自分の心が、本当にあるべき境遇にいるかどうかだ。


 私たちの心のあり方をしめすもの、それが「地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天人」の六道である。その中、「人間」としてのあり方は、人生に苦、無常、不浄、を感じる時だといわれる。


 苦を感じる心は苦悩なき世界を、無常を感じる心は永遠のいのちを、けがれを知る心は清き心を願い求める。そこにこそ人間らしいあり方がある。私たちは、この心を失い、さまざまなことを考え、その世界に閉じこもって争いをおこしている。


 いま一度、人間らしさに帰ろう。そして他をとがめることなく、自らの心をとがめ、真に人間らしい生活をとりもどそう。

(玉永寺前住職・石川正生)

 

 

 

「慈光」通信を読む(2017年7月号より)

一息一息のところにある命…

 

 『処処経』というお経があります。これは小さいお経で、また『四十二章経』というお経もあって同じことが説かれています。その中で、人間の命というものはいくばくの間か、どんな長さかということをお釈迦さまが比丘たちに問われます。それをある比丘は五十年ですかというのです。今日では平均寿命が七十年を超えていますが、お経の中では比丘が人命五十かという。その答えに対して、お釈迦さまは肯定されません。平均寿命はあくまで平均した寿命ですから、誰の寿命でもない。私の命は、ということになってくると明日がいえないようになってきます。五十年だ、あるいは二十年だ、あるいはそれ以下、一月だ、一週間だと。こういうふうに答えが分かれて出てくるのですが、どうしてもお釈迦さまはその人命はいくばくであるかという答えについて肯定されないのです。そして最後の比丘が「人命、呼吸の間に在り」といいます。人の命というのは、息を吸って吐く、その呼吸の間に在りというわけです。


 皆さんも、何か重い病気をすると、おのずからそういうことはわかるのです。私もそうでした。高い熱が出るとすぐに寝汗をかきます。シャツを換えるとまたすぐに汗をかいてくる。そうすると、この自分の命は明日まで持つかなあという思いになるものです。そして絶対安静ですから、寝転がっております。そのいつの間にやら呼吸する鼻の所へ指がいきました。「お前の命は」といって息を吸ってフーっと吐いて、もう「一息追がざれば千載に長く往く」(歎徳文)というもので、これで終わりだというわけです。そうすると、一息一息のところに命があるのだなと思われてきたわけです。


 今『処処経』に説かれるお釈迦さまの説法というのは、無常迅速ということを教えられる。人間の命は一息一息のところにあって無常迅速だと、そこに目が覚めたのでしょう。人生七十年だ、いや五十年だと、こういった時は外の話なのです。そういう噂をしているだけです。このごろテレビや新聞で老齢時代がやってきて、これから日本はどうなるのだと喧しくいわれています。しかしそれは命の尊さというものがわかればなんでもないのです。

(元大谷大学学長・松原祐善)

 

 

 

「慈光」通信を読む(2017年6月号より)

念仏の上に開かれる尽十方の世界

 

 もともと、自分自身、仏法の光につつまれて当然の身として自負している者には、尽十方などということは、少しもありがたくはないのでしょう。自分の力を自負し、頼みとする者には尽十方ではなく、実は“尽一方”の世界こそがありがたいのです。


 たとえば、受験生にとって東京大学はあこがれの的でしょう。しかし、東大はまことに狭い門であって、志望者の中のほんの一部の者が入れるほかは、多くの者が無念の涙をのまなくてはならないのです。いうなれば、エリートという一方だけを尽くす尽一方の学校なのです。しかも実は、だからこそ、念願かなって東大に入れた者の感激、喜びというものがあるのです。これがもし、尽十方の学校、誰でもが入ることのできる学校であれば、入学しても、なんの感動もおこるはずがありません。あるいはまた、先日やっとの思いで新調した服を着て颯爽と街へ出たところ、向こうから同じ服を着た人がやってきてバッタリ顔を合わせ、ガックリしてしまうサザエさんを描いた漫画を見ましたが、私たちには大なり小なり、そのサザエさんと同じ気持ちがあるはずです。

 

 誰もまだ着ていないものを私は着ている、なかなか入れないところに私は入った、皆入りたがったのだけれど入れたのは私独りだ、そういっては喜び、有頂天になっているのです。いわゆるエリートの世界です。それはみな、尽十方の世界に対して云えば、尽一方の世界だと云うことができるかと思います。そして、エリートたちにとって、尽十方の世界など一向に面白くも、ありがたくもない世界なのです。少しでも自分の力を頼むところのある者には、尽十方などということは、歓びであるどころか、まことに無意味なのです。

 

 そのことから申しますと、尽十方の世界は、人間からあらゆるエリート意識を奪いとる世界だともいえます。自分より下の者を見てほくそ笑み、自分より上のものを見て妬み、口惜しがるような、そういう私の自意識を根底から破ってしまう世界なのです。

(元九州大谷短期大学長・宮城顗)

 

 

 

「慈光」通信を読む(2017年5月号より)

自己への固執…

 

 会社のことが心配だという人がある。子供の将来が心配だという母もある。夫の身体が心配だという奥さんもあるだろう。しかしその奥には、「もしそうなったら私はどうなろう」という心配が深くかくれている。
 愛情は清らかであり、尊いものであるといわれる、なるほどそういう面もある。しかしもっと深く考えてみると、そういう清らかな尊いものの底に、とんでもないもの、自分への根強い関心がかくされておりはしないだろうか。可愛いさ余って憎さ百倍というのは、人間の愛情の悲しい真相を物語っているようである。愛はいくら余っても憎さになる筈はない。憎さになるのは、自己への関心、自己が否定されたことによる怒りではなかろうか。


 一切の事に心を配っている。しかしそれに先立って自分にも気のつかぬようなもっと深いところで、たえず自分に配慮している、心配している。言い換えると、あらゆることに対する配慮が成立つその根底に、自己への配慮が極めて根強くはたらいているということである。夫を愛するというが、夫において自己自身を愛している。子供を愛するというが、子供において自己自身を愛している。一切がここから考えられて受取られている。何を見ても何を聞いても何を考えても自分を離れることが出来ぬ。このように、自分を離れられない経験を仏教では「有漏(うろ)」とよんでいる。


 「有漏」というのは煩悩を離れられないということ、自己関心から離れられず、従って私たちの経験は自分中心、自分をかためようとする経験ばかりであるということである。

(元教学研究所長・仲野良俊)