今月のおはなし

「慈光」通信を読む(2019年11月号より)

もし誰かを幸福にしてやりたいと思うなら、

その人の持ち物をふやさずに、

欲望の量をへらしてやるがよい

セネカ

 

 物質追求や官能の楽しみに目標をおいている現代人にこそこういう言葉は大切ではないか。

 

 今の人は誰でも、昔の人に比べると持ち物も豊富で、いろんな楽しみもあり、結構な時代のようだが、生きる喜びどころか、満たされぬ思いで暮らしている人が多いようである。

 

 私の恩人で多くの人の尊敬をあつめていたM氏に、かつて自慢の硯(すずり)を差し上げようとした。「お心だけでけっこう。わしはこのごろ身軽になるために持ち物を手放すことに一生懸命だ。人生の旅にも荷物は軽いほうがよい」と言って受け取らなかった。そのことは感銘深く忘れられない。その人は九十歳近くまで生き、その徳をしたう集いは、十数年後の今日もつづいている。

 

 「足るを知るは富めり」(老子)「仏道を学ぶ人は衣食をむさぼるな」(道元)という東洋の言葉もある。―人間の主体的な幸福は、かえって物欲の否定、あるいは物質世界を超えたところに見出されてくるものではないか。       

(「同朋選書」より)

 

 

 


【過去1年分の通信録】

「慈光」通信を読む(2019年10月号より)

自分を知ることがふかければ、

ふかいほど人はいきいきとしている。

ハイデッガー

 

 それまで砂場で、遊び道具の奪い合いをしていた幼児たちは「おおい、ゴジラがいるぞう」という声に、一もくさん、その方へ集まっていった。うちの息子がアトリエで怪獣の模型をつくっていたのを見つけたのである。あんなにムキになって奪い合いをしていたものを、未練げもなく捨てさせた怪獣の大した魅力。

 

 われわれ人間にとって、幼児のゴジラにおけるような魅力あるものはなんであろうか。毎日もくぜんの金儲け、名誉、権力、享楽のことに夢中になっている人間に、それらを未練なく捨てさせるようなものはないであろうか。

 

 ある中年婦人の言葉を思い出す。「いぜん私は、レジャーを楽しむこと、着物を買うことがとても好きでした。このごろ聞法がなにより楽しみです。それは自分というものを深く知らされたからです。仏法を聞いて、この自分とはどういうものか、どういう場所に立っているのか。その本当の帰依の場所を教えていただきました。人生の生きがいを見出しました」と。婦人の顔は、明るくいきいきとしていた。      

(「同朋選書」より)

 

 

 

「慈光」通信を読む(2019年9月号より)

今生に、いかにいとおし不便と思うとも、

存知のごとくたすけがたければ、

この慈悲始終なし。

しかれば念仏申すのみぞ、すえとおりたる 大慈悲心にてそうろうべき、と。

―親鸞『歎異抄』第四章

 

 数年前、M婆さんにN医師を紹介した。Mさんは「あんな口の悪いお医者さま、ありゃせんわ。それでも心は本当に、あったかい、見立てのええ先生」と、いつも言っていた。そのことをN先生に話すと、「なに?あのバアさまこそ、いいたいこと言って、オレに向かってくるくせに。診察のたびに、二人は口喧嘩さ」と大笑い。二、三ヶ月前からMさんの腎臓(じんぞう)病が悪化してきたので、医療機器の整った病院に移り通っていたが、昨年の暮れに七三歳で亡くなった。

 

 お通夜の弔問にかけつけたN先生は「病気を治せんで悪かったなあ。すまなんだなあ。ごめんねえ…」と呟き、『正信偈』を読んだという。あとで遺族は「先生のお悔やみには泣けました。病因も先生が見つけてくださったのに、ごめんねえ、なんて…」と涙を浮かべて言った。       

(「同朋選書」より)

 

 

 

「慈光」通信を読む(2019年8月号より)

帰命とは本願招喚の勅命なり。

 ―親鸞『教行信証』

 

 ある人生座談会で、中年の男性が「自分は

健康にすぐれない。自分の亡きあと、家族がどうするかと思うと、苦になり夜も眠れない」と告白した。

 

 二十年ほど前のこと、故・暁烏敏師の講演のあとの座談会で、それと同じような話題が出た。その時の師のことばが思い出された。―「あんたは思い上がったことをいうなあ。自分の力で一家を支えていると思っとる。あんたが死んだってあとの者はいくらでも人間として立派に育ってゆくぞ。如来さまにまかすことじゃ。如来さまが、きっとええようにしてくださる。つまらぬ心配はやめることだ」と。さすがは暁烏師だと思った。

 

 その人ばかりでなく、人間はどうも自分勝手な妄念のために不安をつくり、思い煩うものだ。順境も逆境も共に、わが宿業ではないか。真に宿業を自覚し自力無効と知った時、永遠の生命の前に信順(帰命)せざるをえないのである。そして、そのまま順逆を超えてゆく力を与えられるのだ。

(「同朋選書」より)

 

 

 

「慈光」通信を読む(2019年7月号より)

自身は現にこれ罪悪生死の凡夫、

曠劫よりこのかた

つねに没しつねに流転して、

出離の縁あることなしと信ず

 ―善導『観経疏』

 

 「人間の心って、へんねぇ」

 短大生の娘が「私、この頃、とても不思議な気がするの」という。それは、ある合唱団の練習場にうちの部屋を貸したところ、練習日には何台か車が、敷地一杯に入り込んでくるので、娘は、すごく、うっとうしくてイヤだったそうだ。ところが娘自身がその合唱団に入ったこの頃は、なぜかそれが少しも邪魔に思えなくなったという。「人間の心って、へんねぇ」と考え込んだという。

 

 心(そういう自己中心主義の心)は、誰でも持っているのだ。が、多くの人は、「そんなの当たり前じゃないか」と、疑問もなく一生を過ごしてゆく。なかには「それはなぜか。それでいいのか」と、人間自身を問い続けてゆく人もある。娘には「いいことに気がついたね。親鸞聖人はそういう心を、罪悪(苦しみ)の元だと言われたのだよ。なぜだか、大事に考えていこうね」といったことである。

 

 善導大師、親鸞聖人という浄土教の祖師は自分の内に深く根を張っている“そういう心”―罪悪生死の凡夫のすがたを悲痛し、その悲痛を通して、わが身をあたたかく包み支えている、あの大生命の心を仰いだ人であった。

(「同朋選書」より)

 

 

 

「慈光」通信を読む(2019年6月号より)

末代凡夫の祈ることの、

しるしなきこそ、しるしなりけれ。

 ―夢窓国師『夢中問答集』

 

 はやく病気が治りたい、望むところの就職や入学がうまくいくように、そして何もかもよくなるように…と、御利益(ごりやく)を求める。これ人間の凡情だが、遂げられることもあろうし、遂げられぬこともある。いやこの娑婆は“思う通り”にいかないことだらけだから、“思う通り”にしてあげるという利益の看板に、多くの人はよろめき、その魔力に迷い吸い寄せられてゆくのである。

 

 治らぬ病気なら、どんな名医や、あらたかな神仏がお立ち会いくださっても治らぬのだ。治らぬのは薬のせいでもなく、信心がたらぬのでもなく、治らぬ必然性の中にあるからだ。

 

 祈ることの効力がないことを知ったことが、御利益なんだ(しるしなきこそしるしなきけれ)とは、まさに痛棒。天地宇宙の必然を“よく受けとる”ことをほかにして、救いはない。

(「同朋選書」より)

 

 

 

「慈光」通信を読む(2019年5月号より)

行者のよからんとも、

あしからんとも、

おもはぬを自然とは申すぞ、

とききてさふらふ。

 ―親鸞『末燈鈔』

 

 行き先が近距離のため、タクシーの運転手にイヤミを言われたり、不機嫌な顔をされたりするのは、じつに不愉快なものだ。

 

 ところが、その日の運転手には、全く頭が下がり、救われたような気がした。「近くて悪いねえ」といったら「ようござんすよ」と、気軽にこたえて、言葉をつづけた。

 

 「ねえ、お客さん。遠いお客さん拾ったとて、しめた、といい気になって飛ばし、スピード違反で捕まったり、事故でもおこしてごらんなさい。元も子もありませんよねえ。近いお客さんを拾ったとて帰りに遠いお客さんを拾うこと、よくありますよ。わたしゃ、お客さんは、みんなその時その時の、ご縁だと思っとります。遠い近いはいいっこなしにすると、気持ちもラクですよ、けっこう食べていってますよ」と。

 

 損だ得だ、善い悪いという、浅い自我をこえて、明るく仕事をしているこの中年の運転手の「お客さんは、みんなその時のご縁だ」とは、心にくいではないか。

(「同朋選書」より)

 

 

 

「慈光」通信を読む(2019年4月号より)

一切の有情は、みなもって

世々生々の父母兄弟なり 

 ―『歎異抄』

 

 私達人間は、つねに自分と他人とを分けへだてて、

自我中心に生きている。そこから我他彼此(ガタピシ)というきしみ、争い、対立が生まれる。いちどその自我中心の暗室を破ってみる必要はないか。蛹(さなぎ)が、窮屈な住み家を破って広大な別天地にふれたとき、もし心あらば、どんなにか驚き、生き生きとしたことであろう。

 

 わが父母は、この世での無二の父母にちがいない。だが、もっと奥の世界ではこの世の父母ばかりが父母ではない。私なる存在は、久遠の過去からの無量無数の“いのち”が流れつづまって私となったのであり、一切の無量無数の“いのち”がいわば私の祖先である。

 

 あらゆる生きものは、思えば私達が、遠い過去から、世々生々して生きてきた、そのいずれの時の、父母であり兄弟でありとするこの内観のことば―この広大無辺にして一味にとけあう世界(浄土)のことばを、今一度、私達はしずかに味わってみようではないか。

(「同朋選書」より)

 

 

 

「慈光」通信を読む(2019年3月号より)

仏はこれ恩を知りて、

よく恩に報ゆる者なり 

 ―『般若経』

 

 ある日、喫茶店で五十ぐらいの紳士が、ひどくこぼしていた。

 

 「うちの息子が高校生になって、生意気で困った。“親なんて頼みもしないのに、俺を生んで、二言目には恩にきせて怒る。まったく勝手なものだ”というのです」と。

 

 この現代っ子の放言は、浅はかな物質主義、自我主義からの発想であるが、恩にきせる親の方も、じつは高校生と同じ発想から出ているのである。ともに宗教的内観がない。

 

 “私”の存在には親があり、その親にはまた親があり……かくして果てしなく遠く広く生命の歴史(縁起)はつづいており、大地の大いなる深い願いがかけられて、今日の私ははぐくまれてきたのである。無量寿・無量光のなかの私であった。

 

 この命の根源をおもい、この事実の前に謙虚にひざまずく時、御恩のなか、“おかげさま”のなかに生かされてきた自己を思いださないであろうか。

 親自身が恩を知る時、子もまた恩に報いることを知るであろう。

(「同朋選書」より)

 

 

 

「慈光」通信を読む(2019年2月号より)

自然のことわりにあいかなわば、

仏恩をもしり、また師の恩をも

しるべきなり

 ―親鸞『歎異抄』

 

 知人の息子S君は、小学校4年生ごろまで、手がつけられない腕白ものだった。ある日、いたずらをして担任の先生に、ひどく叱られた。だがS君は、どんなに言われても、悪かったと頭をさげようとはしなかった。

 

 先生は「あやまれというこの先生と、どうしてもあやまらんお前と、どっちが、まちがっているか、さあ、いっしょに考えよう」と、二人はならんで教室の板縁に正座することになった。S君は脚が痛くて気が遠くなりそうだった。何十分がたった。T先生の方が「ああ、痛くてたまらん。あす、また考えよう」と悲鳴をあげた。S君は胸がジーンとした。

 

 あくる朝、はやく登校してT先生に、心から詫びた。T先生が大好きになった。いまS君は、名古屋で中学の教師をしているが、彼を熱心な教育者志願に導いたのは、このT先生との出会いであったという。

 

 ことしの夏も、東京在住の恩師T先生に会いにいったS君であった。―自然(じねん)とは、真実のことである。

(「同朋選書」より)

 

 

 

光寿無量

 新年明けましておめでとうございます。今年もみ仏のお慈悲のもと、新しい年を迎えさせて頂けましたことを、皆様共々にお慶び申し上げます。

 

 昨年は、北海道は根室沖での地震発生をはじめ、大阪は6月発生の北部地震に続き、度重なる台風によって西日本各地で甚大な被害がもたらされるという自然災害の多い1年となりました。これらの災害により、即応寺御門徒の中にも被災されたご家庭は少なくなく、いまだ復旧の目途も立たず新年を迎えられました皆様には心よりお見舞いを申し上げますと共に、一日も早い復興をお祈り申し上げます。

 

 また、住職継職から早1年が経ち、昨年は世話役皆様をはじめ、御門徒方々に多大なご協力を賜りました。未熟で至らない新住職をいつも温かくご支援下さり、「試験お餅つき会(2月)」や「花まつり お餅つき会inチョークアート展(4月)」、「阿倍野高校生との模擬仏前結婚式(8月)」など、初の試みの各催しを賑やかに盛り立てて頂き、御陰様で地域の皆様との交流を広く深めさせて頂くご縁となりました。厚く御礼申し上げます。

 また、11月に行いました当院初の「子ども報恩講(お餅つき会)」では地域のお子様を含む沢山の子どもさんたちにご来院頂き、阿弥陀如来のご尊前におきまして、お子様方に手を合わせることの大切さをお伝えできましたことは、住職就任以来の念願でもありました。この喜びを忘れることなく、今後も一人でも多くのお子様方に“生まれた意義”と“生きる感動”を伝えてゆくことができるよう、開かれたお寺づくりを目指して参ります。何卒、御門徒皆様には変わらぬご支援とご協力を賜りますよう、よろしくお願いを申し上げます。

 

 本年も「聞法第一」として、親鸞聖人が明らかにされたお念仏の教えに我が身を照らし、今ここにあるいのちの“尊さ”と、一日一日の“かけがえのなさ”に目を覚ましてゆく「いのちの学び」を、率先して歩んで参る所存です。皆様におかれましても、阿弥陀如来の大悲と共に歩まれる幸せな一年となりますことを願いまして、新年のご挨拶とさせて頂きます。合掌

(獅子吼山 即応寺住職)

 

 

 

「慈光」通信を読む(2019年1月号より)

過失つて非と悪とを犯すも、

能く追悔すれば善となす。

是れ明にして世間を照らすこと、

日の雲なきが如し。

 ―法句経―

 

 罪悪だと気づかれるような罪は、悔い改めることもできよう。だが、われわれは気づかいないまま、しばしば罪を犯してはいないか。

 

 トルストイは《ある老人が、罪に泣いている女に“お前はできるだけ大きい石を一つ持ってこい”といい、また罪を犯した覚えがないと主張する他の女に“お前は小さい石をできるだけ、たくさん袋に集めて持ってこい”と命じた。その通り持ってきたふたりに、今度はそれを元へ戻すように命じた。大きい石の方はすぐ元の場所へ返すことができたが、小石の方は数も多く、どこから運んできたか覚えていないので、もどすことができなかった。

 

 そこで老人は、人間の罪も同じことで、お前は、小さい罪ばかりではあろうが、知らずに犯して懺悔(さんげ)もせずに罪の日を送ることに慣れてしまったのだ、とさとした》という話を書いている。

 

 罪の根はつねに自我執着に終始する自己存在それ自身のうちに深く内包されている。気づかれざる罪を背おうところに宗教的懺悔(さんげ)がある。

(「同朋選書」より)

 

 

 

「慈光」通信を読む(2018年12月号より)

経教は

これを喩うるに鏡のごとし。

しばしば読み、

しばしば尋ぬれば、

智慧を開発す。

もし智慧の眼開きぬれば、

すなわち能く苦を厭いて、

涅槃等を欣楽す。

  ―善導「観経疏」―

 

 顔を見るとき、鏡を使う。こんなに近くにある自分の顔なのに、鏡なしでは見れない。手でなぞってもよく分からない。鏡を使えば、一目瞭然。鏡に写った無愛想な顔に、我ながらあきれることもある。もう少し可愛げのある顔だったはずなのに…。鏡は、自分の思いを越えて、自分の事実を見せてくれる。

 

 仏教のなかでは、教えということがたびたび鏡に譬えられている。それは、仏教の経典を読んだり、教えを学んだりするということは、単に仏教の知識の豊富な人になるということではない、ということを伝えようとしているのである。教えを学ぶということは、他のあれやこれやについての教養を広めることでもないし、また、人間一般についての知識を得ることでもない。まさしく、自分自身を明らかにされるということである。それはいわば、勝手な自己解釈を越えて自分に出会うということでもある。

 

 私たちは自分の思い通りに事が運んでいるときは、意気揚々とし、自分や他人をいとおしく思う。けれども、思い通りにゆかなくなると、その途端、意気消沈し、自分や他人を持て余してしまう。そんななかで、自分の思いに適うものを増やし、思いに適わないものを減らしてゆけば幸せになれると思っている。しかし、どれだけ増やし、どこまで減らせば満たさせるというのだろう。そのように苦を避け楽を求めていくということが、堂々巡りしているということがありはしないだろうか。

 

 教えを学ぶということを通して、自分が明らかになってゆくとき、

 

  もし智慧の眼開けぬれば、すなわち能く苦を厭いて、涅槃等を欣楽す。

 

という、厭うということや欣うということが、本当の意味において始まるのだと語られている。いわばそれは、どこから歩み出せばいいのかという出発点と、どこに向かっていけばいいのかという帰着点がはっきりしたということである。そのことが分かったとき、堂々巡りを一歩越えてゆけるのではないだろうか。

 

 思いによって生きる人間にとって、自分とは、最も近くにあるのに、最も遠い存在なのかもしれない。そんな自分に出会うということを通してこそ、自分勝手な思いを越えて、他の人と出会うということもあるのではないか。そのような出会いのなかに始まってゆく歩みというものもあるに違いない。

(大谷大学伝道掲示板より)