ばかし合い
狐が人を化かすときには、川の藻や木の葉や、いろんなものをいっぱい身につけるそうである。
われわれも社会的地位だとか、名誉だとか、財産など、さまざまなものを身につけて、他人をたぶらかし、自分も化けたつもりでいるが、そんなものでは、本当に人を化かすことはできない。いちおう他人を化かすことはできても、狐が自分を化かすことができないように、私たちも自分自身を化かすことができない。
しかし、親子・夫婦・兄弟の間ですらも、いつも化かし合いをして、多年の修練で、それがあまりにもたくみになってきたので、このごろではもう本当の自分がどんなものであるか、他人がどんなものかもわからず、たがいに疑心暗鬼を生じているといった有様である。だから、自分を見出すのが極めて難しいことになってしまった。
自分のことは自分がいちばんよく知っている、という楽天的な人は別として、この人生において、「自己を知る」ことほど難事業であると言ったのが仏陀であった。
「自己とは何ぞや、これ人生の根本問題なり」と言った先人の問いが、我が身に深く響く。
(「同朋選書」より)