大阪あべの即応寺

今月のおはなし

「慈光」通信を読む(2023年1月号より)

 

 

大切なこと

 

何をするかが私の問題ではない、どうするのかが

私の問題である。いかなる人もその日常の茶飯事について大した別があるのではない。どんな人もみな飯を食い、茶を飲みするのだ。それをせぬ人はない。することは同じでも、それをする心はみなそれぞれ異なる。そしてそれは、みなおのおの自由である。私にまかされたことである。

 

一杯の飯に頭が下がるのも、山海の珍味に不足のあるのも、みなおのおののこころである。飯を食うのが悪いのでも、良いのでもない。どういただくかが私どもの与えられた仕事である。宗教的生活といっても、私ども凡人には別の生活形式があるのではない。

 

すべては、生活態度、生活する心根にかかっている。われわれはそのすがたをみて心根を省みようとしないのが、悲しむべく、いとおしむべきは、その心根ではないか。そこにうるおいのある生活と、味わいなき涸渇した生活とのわかれめがある。要するに、道徳といい宗教といおうとも、その心情の枯れたものが何であるのか。

 

 宗教も道徳もしらぬこの身ゆえ、一杯の水のすてよう、一碗の飯のいただきよう、その心根が私どもの一大事である。                     (「同朋選書」より)