大阪あべの即応寺

今月のおはなし

「慈光」通信を読む(2024年6月号より)

 

 

「三帰依文」

 

私たちが親しんでいる「三帰依文」(仏・法・僧の三宝に帰依することの表明文)があります。その言葉の中に、「無上で甚深にして微妙(みみょう)なる法」との出遇いが大切であると勧められています。

 

ちっぽけな、身勝手な人間の解釈にはまらないほどの深さ、広さ、豊かさを内容にしている仏法。私たちは、それを背景にして今ここにこうして生きている。それに出遇い、自分の思い込みを超えてこそ、限りなくわが身を丁寧に生きることができると教えて下さっています。

 

気づかされてみれば、本来、落ち込む必要もなく、目先のことばかり考えてクヨクヨする必要もないのでしょう。

 

人生、生きてみれば誠に豊かで頭の下がることばかりだと知らされてまいります。ですので、その出遇いをご縁にしてこそ、いよいよ教えられ育てられて歩むわが身をいただくのであります。限りなく人生を生きることができるのであります。人生に限界はありません。

 

しかし、その中にあって、閉ざしてしまっているわが身の狭さが知らされてまいります。したがって、「無上で甚深にして微妙なる仏法」を仰ぎ、同時に知らされてくるわが身自身の狭さとたたかうこと。それが自らを生きることであります。

 

誠に人生は、わが身自身とのたたかいであります。

(九州大谷短期大学長・大江憲成)