あべの即応寺 今月のお話~バックナンバー~

「慈光」通信を読む(2021年8月号より)

 

 

しち(実)というは、

かならずもののみ(実)となるをいうなり。

親鸞「浄土和讃」二種目左訓

 

 

ある教育集会で、中学教師A師の事例が報告された。

 

〈三人の生徒が授業中に学校の塀を乗り越えてアイスクリームを買いに行った。戻る途中、そのうちの一人が車に引っかけれられて倒れた。他の二人はその友人を放ったまま学校に戻り、アイスクリームを食べ、皆の中にまぎれこんで知らん顔。倒れた生徒は、やがて救急車が病院に運んだが、高校受験のため、テスト、テストの教育が、彼らの人間としての心を失わせてしまったのだろうか。友人とは単にアイスクリームを一緒に買いにいくだけの隣人にすぎないのか。心と心がつながった真の友だちの在り方を、今の教育のなかではできないのではないか、と考えこんでしまった〉という。

 

 浄土真宗の開祖である親鸞聖人は、「実というのは、必ずその身になることだ」と言われ、それこそが仏心、真実の宗教心だとうなずかれた。明治以来の極度の宗教排除の学校教育が、自由競争の資本主義社会の成熟と相まって、いよいよ「人間教育」が歪められたツケが、今日来たのではないかと、思われるのである。

(「同朋選書」より)

 

 

 

 

 

 

「慈光」通信を読む(2021年7月号より)

 

 

有情の邪見熾盛にて

叢林棘刺のごとくなり

親鸞「正像末和讃」

 

(意訳)人間のよこしまな思想見解は、さながら燃えあがる火のようにさかんで、また煩悩が満ち満ちているさまは、繁茂した草むらや林のようであり、その煩悩はイバラやカラタチのトゲのように、生きものを刺し害するのである、と。

 

冬の間、空き家にしていた家屋に入って、カーテンを引いたとたん、親指のつけねに熱い針が刺さったような激痛をおぼえた。「あっ、イターッ」、一匹の蜂がカーテン裏にひそんでいた。思わず「この野郎っ…」と、その憎き蜂を紙で摘んで叩きつぶしてやろうとした。と、その時、「妙好人・因幡の源左」とたたえられた島根県山根の足利源左衛門さんの蜂の話が頭をよぎった。

 

―ある日、彼が草刈りをしていたら蜂が源左の額を刺した。すると、源左は「われ(お前)にも人を刺す針があったかいやあ、さてもさても、ようこそ、ようこそ」と言い、再び仕事をつづけ出したのであった。源左は蜂に刺されたことを通して、自分も自我愛という煩悩の針で人を傷つける“加害者”であることを思ったという。彼はいつも「罪深い凡夫の自分」を懺悔してた念仏者であった。

 

私を刺した蜂は、冬眠していた所へ私の手がふれたことで“自己防衛”の本能で刺したのであろう。私は冬ごもりで弱々しくなっていたその蜂を、そっと紙にくるんで日当たりのよい場所へと放った。

(「同朋選書」より)

 

 

 

 

 

 

「慈光」通信を読む(2021年6月号より)

 

 

開神悦体(かいじんえったい)

蕩除心垢(とうじょうしんく)

~たましいを開きて

 身体をよろこばしめて、

 心のあかをのぞく~

『大無量寿経』

 

寺の再建や幼稚園の移転のことで心身ともに疲労困憊していた。そんな中で寺の仏事をつとめ、法話会までするのは、とてもきついことに思われた。それが、どうだ。事に当たってみると疲れどころか、気力も出てきて体調もさわやかさえになる。「開神悦体とはこのことだな」と気づいた。

 

同時に、曽我量深という念仏者のことを連想した。師の墨書には「開神悦体」というのが多く残されていて、師は九十六歳で逝かれたが、その前年の八月のある日、翌日から二週間の日程で講演の旅に出るという師に「この暑いのにそのお年でそんな長い旅をされていいのですか?」というと、「列車の中や講話では別に疲れんが、宅にいると何だか疲れるね。疲れるのは意識ですね」と。師の講話は、思索のほとばしりの独白調であり、車中の時間は、こよなき思索三昧であったのだろう。

 

そういえば、御門徒のSさんは在家人だが、法話会には足繁く出向かれる人である。「商売の方と掛けもちで、よく体がつづくねえ」と感心すると、彼もまた「商売のことだと変に疲れますが、仏法のことだと忙しくても少しも疲れないから、妙なんです」と言っていた。

(「同朋選書」より)

 

 

 

 

 

 

「慈光」通信を読む(2021年5月号より)

 

 

無明煩悩しげくして

塵数のごとく遍満す

愛憎違順することは

高峰岳山にことならず   

― 親鸞「正像末和讃」―

 

選挙の当事者にとって、まさに血みどろの食うか食われるかの戦いであった。わが方に好意をもつ者には、手ばなしの感謝と親愛を、わが方に敵意をもつ者には、むき出しの憎悪と怨念をいだいたであろう。だが、これは何も選挙だけの話ではない。たまたま、選挙という特殊な状況が縁となって、人間のエゴイズム性が、激しく拡大化してあらわれたにすぎないのである。人間の性(さが)は、無始よりこのかた永劫の闇(無明)のなかに閉ざされて形成されてきたものだ。

 

われに良き者には、本能的に愛着し、われに悪しき者には、本能的に憎悪する―かく「愛憎違順(あいぞういじゅん)すること」大山のごとく甚だしいのが、この“わが身”であると、悲嘆したのが宗祖親鸞聖人であった。

 

日常生活の暮らしのなかに、しょっちゅう愛憎の思いにゆすぶられ責められる、わが身のすがたを「とても地獄は一定すみかぞかし」(歎異抄)とまで内省された聖人の、自己凝視の鋭さ、深さを思うのである。

(「同朋選書」より)

 

 

 

 

 

 

「慈光」通信を読む(2021年4月号より)

 

 

正しく帰依して、

一切妄執吉凶を遠離せんものは、

終に邪神外道に帰依せざれ。   

― 親鸞『教行信証・地蔵十輪経』―

 

二歳半になった孫娘が、今日も降り続く雨に、スッカリおかんむり。「オジイチャン、アメ、シカッタッテ!」と訴えたのには家中が大笑い。孫娘は雨を擬人化して、このオジイチャンの権威でもって、「雨を追っ払って早くお天気にしてくれ」というのだ。

 

 

しかし、世の“おとな”たちは、それを未分化の幼児のことばだとして笑いすます“資格”があるのだろうか。さきごろの新聞に、ある祈祷・占い師が一億円もの税金を隠し税務署に摘発されたことが出ていた。それはいかに多くの人たちが、祈祷や占いを頼みにして、災難よけ・病魔退散・商売繁盛などの願をかけているか、の証拠でもある。

 

 

ことの大小軽重を問わず、どんな現象も、実は無限の過去からの「重々無尽の因縁」(限りない条件)により現れ消えてゆくもので、この縁起の道理に深く頭を下げ、心身共に頷かされてゆく道(生活)が仏教なのである。それを自分本位の吉凶禍福に執着して、神仏や運勢に身勝手な要求をする姿は、「雨を叱って止むようにしてくれ」という幼児と、なんら同じ次元の話だといっては失礼であろうか。

(「同朋選書」より)

 

 

 

 

 

「慈光」通信を読む(2021年3月号より)

 

 

凡夫というは、

無明煩悩われらが身にみちみちて、

欲もおおく、いかり、はらだち、

そねみ、ねたむこころおおく、

ひまなくして臨終の一念に

いたるまでとどまらず、

きえず、たえず

― 親鸞聖人「一念多念文意」 ―

 

入学試験の合否発表―息子は東京芸大作曲科を目指して、三年浪人、今度で四回目なのだ。その日、東京からの電話。「受かったよ」「そうか、そうか…本当によかった」と、こちらも思わず涙声。ようやく苦節四年が実ったのだ。

 

 「Y君はどうだった?」

 

 「ああ…またダメだったよ…」

 

 

Y君というのは、息子と同輩で、同じく四度目の受験。「気の毒になぁ」と言ったものの、反面こちらの合格の喜びが、不合格者と対照することで一だんと増幅されたように思えた。

 

 「K君の方は?」

 

 「あいつはストレートさ。たいした奴だよ」

 

 「え?じゃあ一度も浪人せずに入っちゃったのか…」

 

 

K君というのは、息子の四年後輩で、彼の受験のためにうちの息子が指導の先生を紹介したという間柄。私は彼のために祝福するのも忘れてしまい、一瞬前までふくらみきっていた幸福感が、みるみるすぼんでいくようであった。

 

「人間は自分が幸福であるだけでは充分でない。その上、ひとが幸福でないことが必要なのだ」(ルナール)という痛烈な人間の“自我批判”の言葉が、その時、私の心を深く突き刺した。―それは八年前の忘れ得ぬ想い出である。

(「同朋選書」より)

 

 

 

 

 

「慈光」通信を読む(2021年2月号より)

 

 

この世界

仏の世界でござります…

世界のものがことごとく、

知識にへんじて

これをわしによろこばす…

― 妙好人・浅原才市の詩 ―

 

二十数年前、H幼稚園の開園のことを引き受けて七ヶ年ほどお世話をした。その後、H園は、あるトラブルのため、教職員が総退職するという事態に追い込まれ、その時も私は建て直しのために応援に出て奔走したことであった。

 

ところが、今度は、私のところの幼稚園が急に閉鎖することになり、急遽、教諭たちのための就職口を世話する責任があったので、私はH園を頼みに駆け込んだ。H園は新学年に三人採用するという話だったのだが「新卒者ばかり入れる考えだから」とあっさり断られてしまった。”何と冷たい返事だ””今のH園があるのは誰のお陰か…”と、内心、憤懣やるかたない思いであった。

 

その時、たまたま「中日新聞」に掲載されていた「心の詩」の中で「私達は血縁者に先輩に郷土に神に仏に、何となく甘えているようだ。甘えているものは必ず裏切られる。その場になって人を恨み、世をのろって泣くのが落ちだ」(米沢英雄)との言葉に出会った。H園ならと、恩にきせていた浅ましい自分のすがた。自分の甘えと思い上がりを打ち砕かれた思いがした。

 

「世界のものがことごとく知識(善知識)に変じて…」との才市翁の心境を、その時の「心の詩」が厳しい智慧のことばで、率直に頷かせてくれたのは幸いであった。

(「同朋選書」より)

 

 

 

 

「慈光」通信を読む(2021年1月号より)

 

 

極重の悪人は、

ただ仏を称すべし。

我また、

かの摂取の中にあれども、

煩悩、眼を障えて

見たてまつらずといえども、

大悲倦きことなく、

常に我を照らしたまう

― 親鸞聖人「正信偈」―

 

眼の手術を受けて両眼ともおおわれてしまった。三日目に片方だけはずしてもらった。そのとき周囲は、まばゆく光にあふれていた。「ああ、自分は光の中に包まれていたのだ」と、しみじみ思った。

 

自身は光の中におりながら、それを見る眼が開いていなければ、光はないのと同様なのだ。それと同じように人間は煩悩のために、損得、愛憎、嫉妬、不満の思いに満たされ、わが身にそそがれる大いなる慈光を容易に感受することができない。

 

念仏とは、あるがままの絶対現実をうなずく智慧(ちえ)、「智慧の念仏」である。今、この身が、かぎりない慈光の世界の中にある事実に帰らせるものが弥陀の本願なのだ。ある師は「念仏は智慧の“目”であり、念仏申すことは、その眼と一体になってはたらく“足”である」と言われた。この迷いの世の中をこの「私」として歩んでいく時の、確かな目となり、足となるものが智慧の念仏なのだと。

 

嗚呼、念仏申す生活とは、如来真実の智慧に照らされて歩み続ける精神生活(信心)の全身的表現なのだろう。

(「同朋選書」より)

 

 

 

 

「慈光」通信を読む(2021年12月号より)

 

 

心中をあらためんとまでは、思う人あれども、

信をとらんと、思う人なきなり。

―「蓮如上人御一代記聞書」―

   

先日、ある座談会で「こうしてお寺で話を聞いてるうちは、心も落ち着いて、自分は罪深いなあ、誰も恨むことはない、自分が悪いのだから自分の心を改めりゃすむ話だと思うんだが…でも、うちへ帰ったら、もうあかん。腹の立て通し、煩悩の虜ですわ。まぁ、こんな調子ですから、仏法を何度聞いていても同じ事、あきまへんわ」と。

 

よく耳にする嘆息だが、こうした修養的な聞法の仕方に対して、蓮如上人という方は、的確に教えを聞く“的(まと)”を教え続けてゆかれたのであった。死ぬまで煩悩は消えることはないと言われる私たちの心。それを改めようとすることよりも、何よりも「信心」を得ることが肝心なのだと。

 

「信心」とは“自覚”を表す言葉。仏の智慧に照らされて、自分自身の本当のすがたを自覚することだ。それはいつも“自分は間違いない”という所に立ち、他人を責めつづけて生きる罪深い私自身の発見である。と同時に、その私たちの生命の奥底に、今現に私を支えて働く無限なるいのちの世界(無量寿)、他力の働きを直観することでもある。そこに本当の帰依処を見出し、今まで見えなかった足下のいのちの世界がはじめて開けてくるのだろう。

 

ある時、蓮如上人は廊下で紙切れを拾うや、「仏法領のものをあだにするかや(一切のものは全て仏の世界にあるもの)」と言って、物や人との出会いなど、あらゆることを粗末にしてはならないと周囲の人にそう諭したそうだ。

(「同朋選書」より)

 

 

 

「慈光」通信を読む(2021年11月号より)

 

 

身は本願の中にある。

心が妄念妄想している。   

― 安田理深師・語録―

 

このごろよく新聞に、両親による幼児殺害、若い学生や一人暮らしの高齢者の自殺などが報道され、いのちの尊厳性を見失うかのような事件・ニュースを目にするたびに心が痛む。どうか自分の思いだけにとらわれず、もっと広い大きい、いのちの世界に心の眼を向けてくださるよう、心から願われてならない。

 

ハンセン病作家の故・北条民雄氏の「いのちの初夜」というのを読んだ。悲惨なハンセン病棟の実情に接して、自身も同病患者であることから生きる望みを失っていたという。病棟を抜け出して、裏山の林の枝に紐を掛かける…。あごの先の方がかかった途端、ゲタが裏返しになって脱げた。と、足の方は必死になってゲタをさがし求めているではないか。自分の自殺の意思とは反対に。

 

彼はわが身全体を支え生かし、身の中に流れている自分を超えた力、その大いなるいのちの願いにハッと気づいた。やがて自殺を思いとどまり、執筆に励むのであった。行きづまるのは、人間の自我執着の思いだけだ。

 

身は自分を超えた限りなく大いなるいのちそのものの中にある。その生まれながらに持つ自己本来のいのちの願いに目覚め、乗託して生きる。自我の思いに死し、 身の事実に帰ることが親鸞聖人が明らかにされた本願念仏の教えであろう。

(「同朋選書」より)

 

 

 

「慈光」通信を読む(2021年10月号より)

 

 

ジブンヲカンジョウニ入レズニ

ヨクミキキシワカリ ソシテワスレズ      

― 宮沢賢治『雨ニモマケズ』―

 

知人のKさんの勤め先を聞いたら、新しい公立病院に転勤になったという。その病院は医療器も最新式のものが整い、病室もホテルのように綺麗なので急病患者以外は入院したくとも、なかなか順番がまわってこないそうだ。

 

そのKさんの話を、心のなかで「うちに、もしも病人ができて入院する時は、Kさんに特別の便宜をはかってもらうことだな…」と、とんだことを思いながら“自分を勘定にいれて”聞いていた私であった。

 

宮沢賢治が「雨ニモマケズ」で願ったあの菩薩道は、いかに崇高で純粋なものであったことか。そして賢治の願いとは、全くウラハラな私の自己中心の思いを、痛いほど深く知らされたことであった。と同時に、「奸詐ももはし身にみてり」(善人ぶりながら、うそつきの心が身うちにみちている)という宗祖の悲歎のお心が響いてくる。

 

生活のあらゆる場面、出来事の中に至り届き、私の身勝手で自己中心の浅ましさをフト気づかせてくださる本願の真実に目覚め続けてゆかれた宗祖親鸞聖人。その人が常に私と共に身近に居てくださるのであります。

(「同朋選書」より)