あべの即応寺 今月のお話~バックナンバー~

「慈光」通信を読む(2021年4月号より)

 

 

正しく帰依して、

一切妄執吉凶を遠離せんものは、

終に邪神外道に帰依せざれ。   

― 親鸞『教行信証・地蔵十輪経』―

 

二歳半になった孫娘が、今日も降り続く雨に、スッカリおかんむり。「オジイチャン、アメ、シカッタッテ!」と訴えたのには家中が大笑い。孫娘は雨を擬人化して、このオジイチャンの権威でもって、「雨を追っ払って早くお天気にしてくれ」というのだ。

 

 

しかし、世の“おとな”たちは、それを未分化の幼児のことばだとして笑いすます“資格”があるのだろうか。さきごろの新聞に、ある祈祷・占い師が一億円もの税金を隠し税務署に摘発されたことが出ていた。それはいかに多くの人たちが、祈祷や占いを頼みにして、災難よけ・病魔退散・商売繁盛などの願をかけているか、の証拠でもある。

 

 

ことの大小軽重を問わず、どんな現象も、実は無限の過去からの「重々無尽の因縁」(限りない条件)により現れ消えてゆくもので、この縁起の道理に深く頭を下げ、心身共に頷かされてゆく道(生活)が仏教なのである。それを自分本位の吉凶禍福に執着して、神仏や運勢に身勝手な要求をする姿は、「雨を叱って止むようにしてくれ」という幼児と、なんら同じ次元の話だといっては失礼であろうか。

(「同朋選書」より)

 

 

 

 

 

「慈光」通信を読む(2021年3月号より)

 

 

凡夫というは、

無明煩悩われらが身にみちみちて、

欲もおおく、いかり、はらだち、

そねみ、ねたむこころおおく、

ひまなくして臨終の一念に

いたるまでとどまらず、

きえず、たえず

― 親鸞聖人「一念多念文意」 ―

 

入学試験の合否発表―息子は東京芸大作曲科を目指して、三年浪人、今度で四回目なのだ。その日、東京からの電話。「受かったよ」「そうか、そうか…本当によかった」と、こちらも思わず涙声。ようやく苦節四年が実ったのだ。

 

 「Y君はどうだった?」

 

 「ああ…またダメだったよ…」

 

 

Y君というのは、息子と同輩で、同じく四度目の受験。「気の毒になぁ」と言ったものの、反面こちらの合格の喜びが、不合格者と対照することで一だんと増幅されたように思えた。

 

 「K君の方は?」

 

 「あいつはストレートさ。たいした奴だよ」

 

 「え?じゃあ一度も浪人せずに入っちゃったのか…」

 

 

K君というのは、息子の四年後輩で、彼の受験のためにうちの息子が指導の先生を紹介したという間柄。私は彼のために祝福するのも忘れてしまい、一瞬前までふくらみきっていた幸福感が、みるみるすぼんでいくようであった。

 

「人間は自分が幸福であるだけでは充分でない。その上、ひとが幸福でないことが必要なのだ」(ルナール)という痛烈な人間の“自我批判”の言葉が、その時、私の心を深く突き刺した。―それは八年前の忘れ得ぬ想い出である。

(「同朋選書」より)

 

 

 

 

 

「慈光」通信を読む(2021年2月号より)

 

 

この世界

仏の世界でござります…

世界のものがことごとく、

知識にへんじて

これをわしによろこばす…

― 妙好人・浅原才市の詩 ―

 

二十数年前、H幼稚園の開園のことを引き受けて七ヶ年ほどお世話をした。その後、H園は、あるトラブルのため、教職員が総退職するという事態に追い込まれ、その時も私は建て直しのために応援に出て奔走したことであった。

 

ところが、今度は、私のところの幼稚園が急に閉鎖することになり、急遽、教諭たちのための就職口を世話する責任があったので、私はH園を頼みに駆け込んだ。H園は新学年に三人採用するという話だったのだが「新卒者ばかり入れる考えだから」とあっさり断られてしまった。”何と冷たい返事だ””今のH園があるのは誰のお陰か…”と、内心、憤懣やるかたない思いであった。

 

その時、たまたま「中日新聞」に掲載されていた「心の詩」の中で「私達は血縁者に先輩に郷土に神に仏に、何となく甘えているようだ。甘えているものは必ず裏切られる。その場になって人を恨み、世をのろって泣くのが落ちだ」(米沢英雄)との言葉に出会った。H園ならと、恩にきせていた浅ましい自分のすがた。自分の甘えと思い上がりを打ち砕かれた思いがした。

 

「世界のものがことごとく知識(善知識)に変じて…」との才市翁の心境を、その時の「心の詩」が厳しい智慧のことばで、率直に頷かせてくれたのは幸いであった。

(「同朋選書」より)

 

 

 

 

「慈光」通信を読む(2021年1月号より)

 

 

極重の悪人は、

ただ仏を称すべし。

我また、

かの摂取の中にあれども、

煩悩、眼を障えて

見たてまつらずといえども、

大悲倦きことなく、

常に我を照らしたまう

― 親鸞聖人「正信偈」―

 

眼の手術を受けて両眼ともおおわれてしまった。三日目に片方だけはずしてもらった。そのとき周囲は、まばゆく光にあふれていた。「ああ、自分は光の中に包まれていたのだ」と、しみじみ思った。

 

自身は光の中におりながら、それを見る眼が開いていなければ、光はないのと同様なのだ。それと同じように人間は煩悩のために、損得、愛憎、嫉妬、不満の思いに満たされ、わが身にそそがれる大いなる慈光を容易に感受することができない。

 

念仏とは、あるがままの絶対現実をうなずく智慧(ちえ)、「智慧の念仏」である。今、この身が、かぎりない慈光の世界の中にある事実に帰らせるものが弥陀の本願なのだ。ある師は「念仏は智慧の“目”であり、念仏申すことは、その眼と一体になってはたらく“足”である」と言われた。この迷いの世の中をこの「私」として歩んでいく時の、確かな目となり、足となるものが智慧の念仏なのだと。

 

嗚呼、念仏申す生活とは、如来真実の智慧に照らされて歩み続ける精神生活(信心)の全身的表現なのだろう。

(「同朋選書」より)

 

 

 

 

「慈光」通信を読む(2021年12月号より)

 

 

心中をあらためんとまでは、思う人あれども、

信をとらんと、思う人なきなり。

―「蓮如上人御一代記聞書」―

   

先日、ある座談会で「こうしてお寺で話を聞いてるうちは、心も落ち着いて、自分は罪深いなあ、誰も恨むことはない、自分が悪いのだから自分の心を改めりゃすむ話だと思うんだが…でも、うちへ帰ったら、もうあかん。腹の立て通し、煩悩の虜ですわ。まぁ、こんな調子ですから、仏法を何度聞いていても同じ事、あきまへんわ」と。

 

よく耳にする嘆息だが、こうした修養的な聞法の仕方に対して、蓮如上人という方は、的確に教えを聞く“的(まと)”を教え続けてゆかれたのであった。死ぬまで煩悩は消えることはないと言われる私たちの心。それを改めようとすることよりも、何よりも「信心」を得ることが肝心なのだと。

 

「信心」とは“自覚”を表す言葉。仏の智慧に照らされて、自分自身の本当のすがたを自覚することだ。それはいつも“自分は間違いない”という所に立ち、他人を責めつづけて生きる罪深い私自身の発見である。と同時に、その私たちの生命の奥底に、今現に私を支えて働く無限なるいのちの世界(無量寿)、他力の働きを直観することでもある。そこに本当の帰依処を見出し、今まで見えなかった足下のいのちの世界がはじめて開けてくるのだろう。

 

ある時、蓮如上人は廊下で紙切れを拾うや、「仏法領のものをあだにするかや(一切のものは全て仏の世界にあるもの)」と言って、物や人との出会いなど、あらゆることを粗末にしてはならないと周囲の人にそう諭したそうだ。

(「同朋選書」より)

 

 

 

「慈光」通信を読む(2021年11月号より)

 

 

身は本願の中にある。

心が妄念妄想している。   

― 安田理深師・語録―

 

このごろよく新聞に、両親による幼児殺害、若い学生や一人暮らしの高齢者の自殺などが報道され、いのちの尊厳性を見失うかのような事件・ニュースを目にするたびに心が痛む。どうか自分の思いだけにとらわれず、もっと広い大きい、いのちの世界に心の眼を向けてくださるよう、心から願われてならない。

 

ハンセン病作家の故・北条民雄氏の「いのちの初夜」というのを読んだ。悲惨なハンセン病棟の実情に接して、自身も同病患者であることから生きる望みを失っていたという。病棟を抜け出して、裏山の林の枝に紐を掛かける…。あごの先の方がかかった途端、ゲタが裏返しになって脱げた。と、足の方は必死になってゲタをさがし求めているではないか。自分の自殺の意思とは反対に。

 

彼はわが身全体を支え生かし、身の中に流れている自分を超えた力、その大いなるいのちの願いにハッと気づいた。やがて自殺を思いとどまり、執筆に励むのであった。行きづまるのは、人間の自我執着の思いだけだ。

 

身は自分を超えた限りなく大いなるいのちそのものの中にある。その生まれながらに持つ自己本来のいのちの願いに目覚め、乗託して生きる。自我の思いに死し、 身の事実に帰ることが親鸞聖人が明らかにされた本願念仏の教えであろう。

(「同朋選書」より)

 

 

 

「慈光」通信を読む(2021年10月号より)

 

 

ジブンヲカンジョウニ入レズニ

ヨクミキキシワカリ ソシテワスレズ      

― 宮沢賢治『雨ニモマケズ』―

 

知人のKさんの勤め先を聞いたら、新しい公立病院に転勤になったという。その病院は医療器も最新式のものが整い、病室もホテルのように綺麗なので急病患者以外は入院したくとも、なかなか順番がまわってこないそうだ。

 

そのKさんの話を、心のなかで「うちに、もしも病人ができて入院する時は、Kさんに特別の便宜をはかってもらうことだな…」と、とんだことを思いながら“自分を勘定にいれて”聞いていた私であった。

 

宮沢賢治が「雨ニモマケズ」で願ったあの菩薩道は、いかに崇高で純粋なものであったことか。そして賢治の願いとは、全くウラハラな私の自己中心の思いを、痛いほど深く知らされたことであった。と同時に、「奸詐ももはし身にみてり」(善人ぶりながら、うそつきの心が身うちにみちている)という宗祖の悲歎のお心が響いてくる。

 

生活のあらゆる場面、出来事の中に至り届き、私の身勝手で自己中心の浅ましさをフト気づかせてくださる本願の真実に目覚め続けてゆかれた宗祖親鸞聖人。その人が常に私と共に身近に居てくださるのであります。

(「同朋選書」より)

 

 

 

「慈光」通信を読む(2021年9月号より)

 

 

正しい教えを知らないで、

百年生きるよりは、

正しい教えを聞いて

一日生きるほうが、

すぐれている。

―『法句経』―

 

正しい教えを聞いて“生きる”とは、どういうことか。それは真実の自己に目覚めて生きること、いわば独立者として生きることであろう。独立者は、名誉・地位・財産・権力などへの欲に振り回されず、また禍福に惑わされない、しっかりと帰依処(きえしょ=生のよるところ、死の帰するところ)を見出して、真実の大道を歩む人である。なべて念仏者の道が、それである。

 

友人から聞いた話だが、ある先生が児童から「海の魚は、塩水のなかに住みながら、どうして塩鮭のように塩辛くならないのか?」と聞かれて、「それは活(い)きているからだ」と答えたという。

 

なんでもないような問答だが、なかなか味のある話だ。活きているから海水の中にいても塩漬けにならない。死んでしまうと、たちまち塩がまわってしまう。―なるほど真実に生きるとは、汚濁の中にありながら、決して自分を失わず、汚染されない道に立つということなのか。―お互いに生きることに苦しみ、やがて自分の足で生きてゆけなくなるような人生の中にあっても、日々新しく、念々に賜る“いのち”に目を覚まして活きてゆく歩みを、宗祖親鸞聖人は「往生道」とも「無碍の一道」とも教えらているのだろう。

(「同朋選書」より)

 

 

「慈光」通信を読む(2021年8月号より)

 

 

麨蜜(しょうみつ)を食し、

法を聞くことを得るがゆえに、

顔色和悦なり。

『仏説観無量寿経』

 

※麨蜜…小麦粉と蜂蜜を練り合わせた物

 

お好み焼き屋のオバチャンが言うには「商売って妙なもんですね。こちらが“商売だ”とその気になってる日は、お客さん対応にも気分がのり、お客さんの方もつい腰を落ち着けて、余分のものまで注文してくださる。そんな時は店も、不思議にたてこんでくるし、売り上げもウンとあがり、いそがしいというのに、ちっとも疲れません。反対にやる気がしない時は、すぐ疲れて売り上げもサッパリですよ」と。

 

その話を聞いて、『観無量寿経』の「顔色和悦」の一節を思い出した。―王舎城のビンバシャラ王は、実子のアジャセ太子にそむかれて牢獄に閉じ込められたが、后のイダイケ夫人により食を得、また、自らすすんで聞法する身になったので三週間経た後も、王の顔色は、なごやかで喜びに満ち満ちていたのだという。王は不自由な恐ろしい牢獄を、仏法を聞くこの上ない道場としたのであった。

 

この苦難の人生も、よき聞法の道場として謙虚に受け止める時、心豊かな“和悦”の世界が開けてくることを経典は言い当てているのだろう。

(「同朋選書」より)

 

 

「慈光」通信を読む(2021年7月号より)

 

 

如来は、私の一切の行為について、

責任を負うて下さるることである。

私は、ただこの如来を信ずるのみにて、

常に平安に住することが出来る

清沢満之「我が信念」-

 

 

幼児が注射を怖がって泣き出すと、母親が感情的になって叱り飛ばすことがある。そんな時、N医師はその母親に対し、このように問いかける。

 

 N「なぜ子どもさんを叱るのですか?」

 

 --「周りの人の迷惑になって

    恥ずかしいからです…」

 

 N「迷惑なんてとんでもない。

   恥ずかしくもありませんよ。

   子供は親を信頼して、

   自分をすっかり委ねているからこそ、

   解放された気持ちで

   泣いているんです。

   それを頭から叱りつけるのは、

   お子さんの信頼を裏切る

   ことではないですか?

   親がいない幼稚園で注射を射つ時、

   たいていの園児は顔をしかめ、

   自分の身をつねったり、

   唇を噛んで必死に我慢しています。

   なかには小便を漏らす子だって

   いるくらいです。

   でも、親御さんと一緒だと、

   その安らかさから子供たちは

   みんな安心して泣くことができるんです。

   泣きたいだけ泣かせてあげてみては

   どうでしょう?

   それがお子さんのためなのかも

   しれないのですから」

 

如来は我ら凡夫のいっさいの責任を引き受けてくださる。そのように母親が子どもの身になって、いっさいの責任を背負うところに「真実の親子」関係が成り立つとはいえないだろうか。

 

子を叱る親はあれども、自身を内省して子に詫びる親は少ないようである。 

(「同朋選書」より)

 

 

「慈光」通信を読む(2021年6月号より)

 

 

我が産(うま)れたるときは、

此身にひいきする心は

少しもないものでござるが、

成人いたし、あしくそだちて

此ひいきといふものが

出来たのでござる。

盤珪禅師語録「御示聞書」

                          

 

盤珪禅師は「生まれつきたる心が不生不滅の仏身なり」とし、このうぶな心に目覚め、無心にあるがままに生きることの大事を説いた、三百年前の禅僧である。

 

ある幼稚園の女性先生が、園児に「先生は、お母さんみたい?お姉さんみたい?おばあちゃんみたい?」と聞いた。内心は「お姉ちゃんみたい」という返事を期待していたところ、「先生みたい!」という名答が返ってきて、一本やられたと思ったという。純真な幼児の心の眼は、自分を誤魔化さず透明で的確であった。

 

また先日、園外保育で田植え見学に行った時のこと。あとで描かせた印象画の中に人物は豆ほど小さいのに、赤いエビガニを画用紙いっぱいに、でっかく生き生きと描いた子がいた。エビガニへの魅力が忘れられなかったらしい。誠に天衣無縫の傑作であった。

 

だが、こんなすばらしい魂も、人は長ずるにつれ、気づけば嘘(うそ)や諂(へつら)い・驕(おご)りといった“自我の妄執”の中に次第に深く埋もれてしまってゆく。こうした命の純粋性から遠ざかる人間の愚かしさを、仏の教えはかねてから「顛倒(てんどう)」(命の本来性を見失う暗さ)と指摘され、強く警告しきたのだ。そうした自我に立って生きる人間を、再び原点へと回帰せしめるものが、真実の宗教(本願の教え)のはたらきと言わねばなるまい。 

(「同朋選書」より)